私が学生の時にならった人類の歴史は、猿人、原人、ネアンデルタール人、クロマニヨン人、ホモサピエンスという流れで、日本は縄文時代から始まる印象を持っていました。
縄文時代の人々の説明は、狩猟と木の実などを採取して、粗末な衣服を付けた長髪の人たちが自然の中でただ生活している野生児という絵だったような気がします。
弥生時代は、稲作などの農業が発展したという事だけがイメージとしてあって、その後 急に 聖徳太子達の政治・文化・木造家屋の揃った時代へ飛んでいた印象。
私は聖徳太子の時代は殆ど太古の半分神話の様に感じていました。
それとは別に、三国志やローマ帝国など、かなり現在と似たような世界の歴史を何の疑問も持たずに読んでいました。ローマ帝国などは、中世ヨーロッパにそのままつながっている印象で、中世よりちょっと昔という印象でした。
中東のエジプトのピラミッドや、シュメール文明、エーゲ文明などは、ローマ時代のさらにひと昔前だけど、政治や社会の仕組みや文明がしっかりあったという気がしています。
でも、ふと 世界史の年表を見ると、聖徳太子は6世紀の人で、その時世界では既にローマ帝国は崩壊しています。三国志も2~3世紀の話ですし、エジプトのピラミッドは紀元前26世紀ぐらいの建造物。
こういう風にみると、日本の歴史は本当に不透明な時代が最近まで続いていたのだという事が分かります。
縄文時代は紀元前10世紀ぐらいまでと言われているようなので、海外で起こっているのと同様な文明、文化レベルは日本でも起こっていたのではと考える方が素直な気がします。
勿論、石材を使う文明と、木材等を使う文明では、木材等での文明は遺跡という意味では残りにくいので調べ難いという事はあるのでしょうが。
そういう目で縄文文化をを見てみると、全然 私の認識が変わってきました。
縄文文化の代表例は、言わずとしれた縄文土器です。
縄文土器の写真は小学校から見ているので、なんとなくそんな物かと疑問も持っていなかったのですが、縄文土器に関する本を読んでみて、世界で最も古い土器が縄文土器だという事。世界各地に土器があるが、器の上辺が摘まみ上げた様な形状のものは縄文以外殆どない。という事を知りました。又、上半分の方が大きく重心が高い土器が多いという事も。
現代でもお茶碗やお皿、カップなど陶磁器など普通に使っていますが、確かに、上辺は皆 平らになっている物が殆どです。平でないと使い難いですから。
そういう意味では、日本の縄文時代というのは、地球上の他の地域に比べて 独特の高い文化水準を持っていたのではないかという気がしてきました。
ゴテゴテ装飾したような、非実用的な土器は、芸術性や趣味的なこだわりをする余裕があった事を感じます。豊な生活が出来ていたという事でしょうか。
脱線ですが、旧石器人 という言葉は、昔のカップヌードルのCMの影響か、石斧を持ってマンモスを皆で狩る野蛮人というイメージがありますが、2万年前(200世紀前)ですでにラスコー画などは、高い芸術性や技術を持つ絵が描かれていますし、4万年前のブラッサムブーイのビーナスは今 自分でも作れないだろうなと思う しっかりした女性彫刻です。
人類は、相当 昔昔から現代人と変わらないような感性と思考をしていたのではないかと思えます。加工技術などは未発達ですが。
こういう事例を知れば知るほど、人類の奥深さを感じます。