先日は東京新聞の望月さんの著書「武器輸出と日本企業」を読みましたが、今回は宇宙物理等で有名な学者の池内さん、元通産相官僚の古賀さん、武器輸出反対ネットワーク代表の杉原さんの4人が、寄稿して出来ている本。
望月さんとは違う視点での深堀した話が色々と載っていました。
「武器輸出と日本企業」では、”軍産複合体”という言葉が出てきていましたが、この本では”軍産学複合体”として より学問の世界での動きが書かれています。
私自身が理系出身+利益重視で生きてきたので、性能や機能を追求する事を第1に考えてコストや経費面では緩い軍需系に、技術者が惹かれる気持ちを持つ、誘惑を感じるのも分かる気がしています。
しかし、この本の池内さんの一文は心に響きました。
甘えを跳ね飛ばしてくれる気がしました。その章を抜き出してみます。
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研究者の言い訳ー「愛国心」とデュアルユースと自衛論
現場の研究者たる大学教員や研究所の研究員は軍学共同についてどのように考えているのだろうか。その一例として、2016年4月に国家公務員労働組合連合会が行った、国立試験研究機関に勤める研究者を対象にしたアンケート結果がある(総回答数799)。それに軍学共同に関して、「産学官の共同での研究が強まるなか、防衛相や米国国防総省が予算を提供する『軍事研究・開発』に参画する大学や国立研究開発法人が増えています。こうした『軍事研究・開発』を進めるべきだと思いますか?」という設問に対して、「進めるべきではない」との回答が448件(56%)あったのに対し、207件の「進めるべき」との回答(26%)があった(無回答144件、18%)。20代から30代の若者の半分近くの賛成があり、その理由として①国立研究機関であるから政府の担うべき機能を支援するべきである、②民間への転用可能なら構わない、③科学・技術が発展するから、④研究資金が調達できるから、⑤自衛のため(国防のため)なら軍事研究は許される、が挙げられている。
告知る試験研究機関の勤務者へのアンケートであるためか、①のような回答が多いのだろう。国から給料や研究費を得ているのだから国の言うことには従うべき、との発想で愛国心が強いのかもしれない。しかし、科学研究の国際性や普遍性を考えないのだろうか。国が命じれば原爆だって作るのだろうか、そもそものスポンサーは国ではなく税金を払う国民であるはずなのに、と考えてしまう。
②の意見は、本質的にはデュアルユース問題に関わることで、民生目的と軍事目的の区別がつかず、軍からの資金であろうと結果的に民生目的になれば8あるいは民生目的のつもりで研究すれば)いいのでは、という楽観的発想である。しかし、軍からの金である限り最終的には軍事目的に使われるのは当然であり、確実に民生利用となるわけではないことに気づかないふりをしていると言うべきだろう。この言い方は自分のアリバイのための口実でしかない。私は、研究現場においては軍事目的も民生目的も区別はないが、軍から出る金による研究は軍事目的であり、学術機関からの資金による研究は民生目的であると考えている。両義性とは研究資金の出所のことでしかないのである。そして軍からの資金は、民生目的の研究を軍事目的に横取りするために拠出されると考えるべきなのだ。
③と④は、軍事開発であれば比較的潤沢に金が出され、金さえ出れば科学・技術は発展すると言っているに等しい。科学・技術が発展することのみが研究の目標となってしまうと、誰のための研究か、何のための研究か、について省察しないのだろう。また、現在の「選択と集中」という科学技術政策のひずみによって経常研究費が激減してしまい、「研究者版経済的徴兵制」の実態で、事実上文科省の予算配分方式が研究者を軍事研究に追いやっているのである。この問題は大学政策とも深く関係しており、日本のあるべ学術体制として深刻な議論を重ねなければならないと思う。
最後の⑤の「自衛のためなら軍事研究も許される」と単純に言う研究者は実に多いが、先に述べたように単純な自衛に留まらず軍拡競争に巻き込まれ、最終的には核兵器の保有・使用にまで行き着いてしまうことを忘れている。結局、自分は戦争に巻き込まれないと思い込み、情緒的に国を守ると言って研究費をせしめようとしているだけで、きちんと国の将来を考えているわけではないのは明らかである。
デュアルユースの議論も含め、研究者は軍学共同に携わるとはどういうことか、現在だけでなく将来の科学・技術はどうあるべきで、軍学共同はいかなる影響を与えるか、などをじっくり考え議論する必要がある。現在の科学者は、過当競争や商業主義に追われて近視眼的になっているという状況を反省すべきではないだろうか。
ーーーーー
以上ですが、勿論 研究者の自覚だけでは解決しない(経済的圧迫なども含め)問題であり、部分ではなく全体での議論や政策が必要になると思います。
後半にある杉原さんの書かれている”軍事費を削って暮らしにまわせ”という章によると、例えば2015年に国連で合意されたSDGsの内、予算措置を必要とする15項目については、世界の軍事費の2/3で達成が可能だとか。また日本にイージス艦3隻分の費用で、全国で必要とされている3300か所の保育所建設費が賄える。安倍政権発足後に膨らんだ軍事費の差額3400億円あれば、保育士の給与を月5万円アップしてもおつりがくるというデータもある。
軍産学複合体が形成されて、戦争が起こるとチェンスだと思い、戦争が終結しないで欲しいと思うような人が増えていくことは、日本人にとって不幸方向だと私には思えました。
2020年1月13日月曜日
2020年1月5日日曜日
【本】武器輸出と日本企業 望月衣塑子 角川新書
2016年に発刊の本です。
日本としてずっと禁止してきた武器輸出を、換骨奪胎して推進しようとする政治家、官僚のやり口。それにどんどん引きずりこまれ、追い込まれていく大学や研究者。一方、少し冷静にみている企業側という構図が良く分かりました。
経済とパワーポリティクスだけしか考えない指導者?達により、崩されていく日本社会の姿がここにも表れている気がします。
IR法でも同じ様な匂いがしますね。
なるほどと思ったポイントを書いてみると、
<米国>
・有名な米国の「軍産複合体」は、第2次大戦前はなかった。
・原水爆を作ったマンハッタン計画で、科学者と国防総省、軍事企業との結びつきが生まれた。
・マンハッタン計画の科学者は米国の有名大学に散り、結びつきは大学がらみになっていく。東西冷戦において、それらがどんどん発展して「軍産複合体」になっていった。
・「軍産複合体」は莫大な資金で政府・行政にも影響を持つようになっていく。
・とは言え、まだ科学者は軍事に科学を使う事に抵抗があったが、ソ連の脅威を強調したレーガンの戦略防衛構造(SDI)が始まると、科学者も国防総省からの研究資金を受けることに抵抗感が減り、巨額の金が科学者に流れ込むようになった。
・ソ連の崩壊で冷戦が終わると、クリントンは国防費の削減を打ち出した。それに併せて、軍事的な研究成果を民需に転換するスピンオフや、逆に民需の研究成果を軍需に応用するスピンオンの政策を推し進めて、「デュアルユース」(軍民両用)という言葉を多用することになった。
・結果、国防予算を縮小しても軍事開発費そのものは拡大していくことになった。
・今も膨大な武器輸出を米国はしている。(紛争を起こして 需要を作る という事も、、)
<日本>
・戦後、武器と関連物の輸出はしないという武器輸出三原則を決めて、政府を含め国として堅持してきた。
(地雷発見機など、個別には例外規定を作る事はあったが、弾薬など殺傷品の輸出は無い)
・経団連が武器輸出を政府に求め始める。
・自衛隊向けだけでは市場規模小さい。企業は競争力のある武器は作れない。できれば防衛関連のビジネスはしたくないのが本音。
・第2次安倍内閣で、輸出容認に転換する「防衛装備移転三原則」を閣議決定。
一定の審査を通れば輸出が可能な仕組みとなり、従来の三原則での「紛争当事国になる恐れのある国」は禁輸の対象から外された。
韓国に弾薬を輸出をした。
・防衛装備庁という組織を作って、武器輸出をさせようと企業に働きかけ開始。日本の武器(自衛隊向け)は国際競争力なく、企業側は乗り気では無い所が多いが、無理やりでも巻き込もうとしている。
・大学等の研究者に対しては、文科省からの交付金を減らしていって、政府が望む方向の研究には金を出すという競争的資金(皆が応募して政府側が誰に金を出すか決める)獲得に走らざるを得なくなる状況を作った。又、民需用の技術開発という表面上の名目で、防衛省がらみや、米国の軍事がらみからの資金で研究する場を設けて研究者を呼び込み。そこから有望な技術はデュアルユースという名目で軍事に使おうと考えている。
・東大はずっと軍事に使われる科学技術研究はしないと決めてきたが、2015年浜田総長は軍事研究も解禁した。(学内からは反対が声が多数あった)
・現在 軍事関係資金を使って研究している研究者は、私は科学技術を極めることが目的。それをどう使うかは、使う側が決める事と開き直っている人も増えてきている。本人は好きな研究ができて面白いのだろう。
・研究者個人個人の倫理に頼るのには限界がある。
という感じでしょうか。
昔の政治家、官僚は もう少し 国民の為という視点や非戦争 の意識があったと思いますが、どんどんおかしな方向に進んでいると思います。
米国流の ”力で脅し、戦争で儲ける” というのが日本の「美しい国」の姿と思っているのでしょうか。
日本としてずっと禁止してきた武器輸出を、換骨奪胎して推進しようとする政治家、官僚のやり口。それにどんどん引きずりこまれ、追い込まれていく大学や研究者。一方、少し冷静にみている企業側という構図が良く分かりました。
経済とパワーポリティクスだけしか考えない指導者?達により、崩されていく日本社会の姿がここにも表れている気がします。
IR法でも同じ様な匂いがしますね。
なるほどと思ったポイントを書いてみると、
<米国>
・有名な米国の「軍産複合体」は、第2次大戦前はなかった。
・原水爆を作ったマンハッタン計画で、科学者と国防総省、軍事企業との結びつきが生まれた。
・マンハッタン計画の科学者は米国の有名大学に散り、結びつきは大学がらみになっていく。東西冷戦において、それらがどんどん発展して「軍産複合体」になっていった。
・「軍産複合体」は莫大な資金で政府・行政にも影響を持つようになっていく。
・とは言え、まだ科学者は軍事に科学を使う事に抵抗があったが、ソ連の脅威を強調したレーガンの戦略防衛構造(SDI)が始まると、科学者も国防総省からの研究資金を受けることに抵抗感が減り、巨額の金が科学者に流れ込むようになった。
・ソ連の崩壊で冷戦が終わると、クリントンは国防費の削減を打ち出した。それに併せて、軍事的な研究成果を民需に転換するスピンオフや、逆に民需の研究成果を軍需に応用するスピンオンの政策を推し進めて、「デュアルユース」(軍民両用)という言葉を多用することになった。
・結果、国防予算を縮小しても軍事開発費そのものは拡大していくことになった。
・今も膨大な武器輸出を米国はしている。(紛争を起こして 需要を作る という事も、、)
<日本>
・戦後、武器と関連物の輸出はしないという武器輸出三原則を決めて、政府を含め国として堅持してきた。
(地雷発見機など、個別には例外規定を作る事はあったが、弾薬など殺傷品の輸出は無い)
・経団連が武器輸出を政府に求め始める。
・自衛隊向けだけでは市場規模小さい。企業は競争力のある武器は作れない。できれば防衛関連のビジネスはしたくないのが本音。
・第2次安倍内閣で、輸出容認に転換する「防衛装備移転三原則」を閣議決定。
一定の審査を通れば輸出が可能な仕組みとなり、従来の三原則での「紛争当事国になる恐れのある国」は禁輸の対象から外された。
韓国に弾薬を輸出をした。
・防衛装備庁という組織を作って、武器輸出をさせようと企業に働きかけ開始。日本の武器(自衛隊向け)は国際競争力なく、企業側は乗り気では無い所が多いが、無理やりでも巻き込もうとしている。
・大学等の研究者に対しては、文科省からの交付金を減らしていって、政府が望む方向の研究には金を出すという競争的資金(皆が応募して政府側が誰に金を出すか決める)獲得に走らざるを得なくなる状況を作った。又、民需用の技術開発という表面上の名目で、防衛省がらみや、米国の軍事がらみからの資金で研究する場を設けて研究者を呼び込み。そこから有望な技術はデュアルユースという名目で軍事に使おうと考えている。
・東大はずっと軍事に使われる科学技術研究はしないと決めてきたが、2015年浜田総長は軍事研究も解禁した。(学内からは反対が声が多数あった)
・現在 軍事関係資金を使って研究している研究者は、私は科学技術を極めることが目的。それをどう使うかは、使う側が決める事と開き直っている人も増えてきている。本人は好きな研究ができて面白いのだろう。
・研究者個人個人の倫理に頼るのには限界がある。
という感じでしょうか。
昔の政治家、官僚は もう少し 国民の為という視点や非戦争 の意識があったと思いますが、どんどんおかしな方向に進んでいると思います。
米国流の ”力で脅し、戦争で儲ける” というのが日本の「美しい国」の姿と思っているのでしょうか。
2020年1月4日土曜日
【本】アルテミス アンディ・ウィアー ハヤカワ文庫SF
著者のアンディ・ウィアー氏は、邦題「オデッセイ」という、火星に一人取り残された宇宙飛行士のサバイバルの映画が昨年ありました。見に行ったのですが、久々に面白い!と思えたSF映画でした。
スターウォーズ等とちがって、ちゃんと科学的(物理学に沿った)な中でのストーリー展開になっていましたし、手に汗握る 絶対的危機(火星独りぼっちなので、殺人鬼は出てきません)を知恵で切り抜ける姿がすごい。
という事で、原作 「火星の人」ハヤカワ文庫SFも読んでみました。そうしたら、映画よりもずっと面白いという事にビックリでした。
そこで、アンディ氏の第2弾の「アルテミス」を読んでみました。
舞台は月に変わりましたが、変わらずちゃんと科学考証にのっとった世界の中で、手に汗握るサスペンス、アクション物語。しかもとても面白い。
この作品も映画化が決まっているとの事なので、今年か来年でも封切られるかもしれません。それも楽しみです。
彼の作品は、アーサーCクラークをもっと面白くした感じとでも言えばよいのでしょうか?
もっと読みたくなります。早く 第3弾の作品を書いてくれないかな。
実に楽しみな作家さんです。
スターウォーズ等とちがって、ちゃんと科学的(物理学に沿った)な中でのストーリー展開になっていましたし、手に汗握る 絶対的危機(火星独りぼっちなので、殺人鬼は出てきません)を知恵で切り抜ける姿がすごい。
という事で、原作 「火星の人」ハヤカワ文庫SFも読んでみました。そうしたら、映画よりもずっと面白いという事にビックリでした。
そこで、アンディ氏の第2弾の「アルテミス」を読んでみました。
舞台は月に変わりましたが、変わらずちゃんと科学考証にのっとった世界の中で、手に汗握るサスペンス、アクション物語。しかもとても面白い。
この作品も映画化が決まっているとの事なので、今年か来年でも封切られるかもしれません。それも楽しみです。
彼の作品は、アーサーCクラークをもっと面白くした感じとでも言えばよいのでしょうか?
もっと読みたくなります。早く 第3弾の作品を書いてくれないかな。
実に楽しみな作家さんです。
2019年12月30日月曜日
【本】いきものがたり 水野良樹 小学館文庫、いつでも心は放牧中 山下穂尊 KADOKAWA
いきものがかりの男二人が各々本を出しています。
水野さんの”いきものがたり”は放牧後の追記をして文庫になったもの。山下さんの”いつでも心は放牧中”は放牧期間中に発刊されたもの。
水野さんの文庫追補版が出たので読んでみるのと併せて、山下さんの本も再度読み返してみました。
いきものがかりの同じ歴史を生きて生きたので、ダブるネタも当然ありますが、お二人の違いもはっきり感じられます。
水野さんは、自分と「いきものがかかり」というチームがどう成長していったか、音楽面とビジネス面・マネジメント面と関係者へのお礼、宣伝も兼ねた書き方。印象的には有限会社いきものがかりの社長が自叙伝とを書いたという感じを受けました。
水野さんは、音楽ビジネスで成功したい。そのためにすべき事はという事は何かを何時も強く意識されて考えているのだと思いました。真面目で、一生懸命だという事も良く分かりました。
山下さんの本は、あくまでも一人称で、自分の人生とその中で「いきものがかり」という活動の意味、自分の考え方、生き方を書いてみたという感じ。
山下さんはTVやステージ上ではつまらなそうに無表情にサイドギターを弾いて、トークでも自分視点でちょっと的外れな話をする人。 という印象を持っていました。
でもこの本を読んで ビジネス的成功というよりも、自分を自由に、自分にとって価値のある生き方をしたいと思っている方なんだなと分かりました。
今年 TVで「BSいきものがかり」という番組をやっていますが、山下さんは殆どしゃべる部分がない(カットされているかもしれませんが)と思っていましたが、ビジネス的ではなく自分のしたい事を自由にやっている若者やミュージシャンがゲストの時は、沢山の質問を発しています。
又、キャンプの場面では、ゲストの芸人達とも普通の友達トークで興味シンシン何やってんの?という感じで生き生きしています。
なるほど、オフステージで友達が多いのはこういう人柄が出ているからなんだな。と思いました。
たぶん、所謂世俗的なビジネスの話や慣習などには関心ないという事なのでしょう。でもきっと本人は、ビジネス面でも失礼な事をしてはいけないと思っているのでトークも控えめになってしまう。という事なのかなと思いました。
水野さんは、放牧中も沢山の作曲、楽曲提供をしていたとの事で、音楽業界でのプレゼンスや人脈を戦略的に着々と作っているのだと思います。
ちょっと気になるのは、集牧後にリリースされた水野さんの曲を聴いていくと、まとまりは良いけれど、なんとなくどこかで聞いた事のあるメロディーラインや詞の組み合わせ感があること。沢山の楽曲提供をするためには、自分の中で効率的な作曲方法を勿論作り出しておられるのだろうと思いますが、それが平板感を生んでいるのかもしれません。
新アルバムの「スピカ」、「あなたは」や「太陽」もいいですね。
放牧後の”いきものがかり第2楽章”は山下さんや吉岡さんの創造性がより輝く事になるのかもしれませんね。
又、吉岡さん一人で歌うばかりでなく、3人のハモりの曲も増えていくといいな。
ずいぶん勝手な書き方をしてしまいましたが、「いきものがかり」は大好きですので、変わらず大成功(商業的というよりも、自分達が実現したと思っている事を)を収めていってもらいたいと願います。
水野さんの”いきものがたり”は放牧後の追記をして文庫になったもの。山下さんの”いつでも心は放牧中”は放牧期間中に発刊されたもの。
水野さんの文庫追補版が出たので読んでみるのと併せて、山下さんの本も再度読み返してみました。
いきものがかりの同じ歴史を生きて生きたので、ダブるネタも当然ありますが、お二人の違いもはっきり感じられます。
水野さんは、自分と「いきものがかかり」というチームがどう成長していったか、音楽面とビジネス面・マネジメント面と関係者へのお礼、宣伝も兼ねた書き方。印象的には有限会社いきものがかりの社長が自叙伝とを書いたという感じを受けました。
水野さんは、音楽ビジネスで成功したい。そのためにすべき事はという事は何かを何時も強く意識されて考えているのだと思いました。真面目で、一生懸命だという事も良く分かりました。
山下さんの本は、あくまでも一人称で、自分の人生とその中で「いきものがかり」という活動の意味、自分の考え方、生き方を書いてみたという感じ。
山下さんはTVやステージ上ではつまらなそうに無表情にサイドギターを弾いて、トークでも自分視点でちょっと的外れな話をする人。 という印象を持っていました。
でもこの本を読んで ビジネス的成功というよりも、自分を自由に、自分にとって価値のある生き方をしたいと思っている方なんだなと分かりました。
今年 TVで「BSいきものがかり」という番組をやっていますが、山下さんは殆どしゃべる部分がない(カットされているかもしれませんが)と思っていましたが、ビジネス的ではなく自分のしたい事を自由にやっている若者やミュージシャンがゲストの時は、沢山の質問を発しています。
又、キャンプの場面では、ゲストの芸人達とも普通の友達トークで興味シンシン何やってんの?という感じで生き生きしています。
なるほど、オフステージで友達が多いのはこういう人柄が出ているからなんだな。と思いました。
たぶん、所謂世俗的なビジネスの話や慣習などには関心ないという事なのでしょう。でもきっと本人は、ビジネス面でも失礼な事をしてはいけないと思っているのでトークも控えめになってしまう。という事なのかなと思いました。
水野さんは、放牧中も沢山の作曲、楽曲提供をしていたとの事で、音楽業界でのプレゼンスや人脈を戦略的に着々と作っているのだと思います。
ちょっと気になるのは、集牧後にリリースされた水野さんの曲を聴いていくと、まとまりは良いけれど、なんとなくどこかで聞いた事のあるメロディーラインや詞の組み合わせ感があること。沢山の楽曲提供をするためには、自分の中で効率的な作曲方法を勿論作り出しておられるのだろうと思いますが、それが平板感を生んでいるのかもしれません。
新アルバムの「スピカ」、「あなたは」や「太陽」もいいですね。
放牧後の”いきものがかり第2楽章”は山下さんや吉岡さんの創造性がより輝く事になるのかもしれませんね。
又、吉岡さん一人で歌うばかりでなく、3人のハモりの曲も増えていくといいな。
ずいぶん勝手な書き方をしてしまいましたが、「いきものがかり」は大好きですので、変わらず大成功(商業的というよりも、自分達が実現したと思っている事を)を収めていってもらいたいと願います。
2019年12月21日土曜日
【防災】NHK体感首都直下地震ウィーク パラレル東京 (感震ブレーカー)
12月の第1週。NHKが体感首都直下地震ウィークと名打って、発災から4日間のドラマを4日間かけて放送するという事がされました。
番組自体については色々書きたい事がありますが、かなりリアリティを感じさせるドラマになっていた事と、生きるためのヒントという番組も直ぐその後の時間に放送され、家庭でできる具体的な防災行動や準備についての教育という感じになっていました。
沢山の事をまとまって、各事項のつながりを見せてくれながら説明してくれるので、暮らし方の見直しレビューにはありがたい番組でした。
早速 我が家の防災強化として感震ブレーカーと感震ライトの設置をしました。
感震ブレーカーは市でも住宅過密地域向けには、無償で配布をしている事を知りました。残念ながら我が家は対象外地域。
ただ、無償で配られる物は、簡易型の重り式などの感震ブレーカーのみ。
でも、重り式等の簡易感震ブレーカーは地震が起こると直後にブレーカーを落としてしまうので、真夜中に地震になったら頭を守って地震に耐える最初の数十秒に対して、真っ暗闇で対応しろ。地震が過ぎて、部屋や家から脱出や点検をする時も真っ暗闇からスタートせざるを得ない事になりそうです。
チラシを見ると小さな字で懐中電灯等も用意する事と書いてありますが、大震災で物が吹っ飛びまわっている状態で手探りで懐中電灯を探せるのか?という疑問があります。
配電盤に組み込み、地震発生後3分たってからブレーカーを落とすという良さそうな機能の物も売られていますが、それらは電気工事が必要で資格を持った人につけてもらう必要があり、どうしても高いものになってしまいます。
迷いましたが、空いているエアコン用コンセント(アースがついている)に、後付けで刺せるタイプ(地震が起こったら疑似漏電を起こしてブレーカーを落とす)で発災後3分後に落とせる物をネットで購入しました。これは、自分で取り付けられるし、価格も1万円強ぐらいで買えます。
又、同時に 乾電池式の感震ライト も必要な部屋の数だけ購入しました。こちらは数百円/個。 コンセントに刺しっぱなしの充電式というものが沢山売られていますが、コンセントに刺しっぱなしは内臓されている充電池の寿命で、たぶん数年で装置ごと買い替える必要があると考えました。
又、感震ライトは真夜中に発災+停電(ブレーカーが落ちるのではなくて、外部からの電気が来なくなる停電)で真っ暗になる状況でも、部屋の中の状態や緊急に行動すべき避難ルート等が見える様にしなければなりません。その為には、ライトの位置はなるべく高い位置にあるのがより光が回りやすい事と、転倒物で覆われないという2点で望ましいと思います。コンセントに刺しっぱなしの場合、コンセントはたいてい壁の下のほうに付いていますので、ライトの位置も必然的に低くなり非常時に十分働かないという事も予想できます。
乾電池式ならば、年に1度 点灯テストし、電池がヘタッていれば電池だけ取り換えれば良いので装置の買い替えは不要です。取り付け位置も柱や壁の高い位置につける事ができます。また、ホルダから取り出せば、普通の懐中電灯としても使用できます。
NHKでは感震ブレーカーの話は何度も出てきましたが、感震ライト等の話は殆ど強調されませんでした。(市の無料配布のチラシなどでも同様です)
建物火災の数を減らしたいという行政視点での放送や施策なのだなという感じを強く受けました。被災者視点は弱いかも。
情報の鵜呑みはせずに、自分でイメージしてみるという事が重要ですね。
番組自体については色々書きたい事がありますが、かなりリアリティを感じさせるドラマになっていた事と、生きるためのヒントという番組も直ぐその後の時間に放送され、家庭でできる具体的な防災行動や準備についての教育という感じになっていました。
沢山の事をまとまって、各事項のつながりを見せてくれながら説明してくれるので、暮らし方の見直しレビューにはありがたい番組でした。
早速 我が家の防災強化として感震ブレーカーと感震ライトの設置をしました。
感震ブレーカーは市でも住宅過密地域向けには、無償で配布をしている事を知りました。残念ながら我が家は対象外地域。
ただ、無償で配られる物は、簡易型の重り式などの感震ブレーカーのみ。
でも、重り式等の簡易感震ブレーカーは地震が起こると直後にブレーカーを落としてしまうので、真夜中に地震になったら頭を守って地震に耐える最初の数十秒に対して、真っ暗闇で対応しろ。地震が過ぎて、部屋や家から脱出や点検をする時も真っ暗闇からスタートせざるを得ない事になりそうです。
チラシを見ると小さな字で懐中電灯等も用意する事と書いてありますが、大震災で物が吹っ飛びまわっている状態で手探りで懐中電灯を探せるのか?という疑問があります。
配電盤に組み込み、地震発生後3分たってからブレーカーを落とすという良さそうな機能の物も売られていますが、それらは電気工事が必要で資格を持った人につけてもらう必要があり、どうしても高いものになってしまいます。
迷いましたが、空いているエアコン用コンセント(アースがついている)に、後付けで刺せるタイプ(地震が起こったら疑似漏電を起こしてブレーカーを落とす)で発災後3分後に落とせる物をネットで購入しました。これは、自分で取り付けられるし、価格も1万円強ぐらいで買えます。
又、同時に 乾電池式の感震ライト も必要な部屋の数だけ購入しました。こちらは数百円/個。 コンセントに刺しっぱなしの充電式というものが沢山売られていますが、コンセントに刺しっぱなしは内臓されている充電池の寿命で、たぶん数年で装置ごと買い替える必要があると考えました。
又、感震ライトは真夜中に発災+停電(ブレーカーが落ちるのではなくて、外部からの電気が来なくなる停電)で真っ暗になる状況でも、部屋の中の状態や緊急に行動すべき避難ルート等が見える様にしなければなりません。その為には、ライトの位置はなるべく高い位置にあるのがより光が回りやすい事と、転倒物で覆われないという2点で望ましいと思います。コンセントに刺しっぱなしの場合、コンセントはたいてい壁の下のほうに付いていますので、ライトの位置も必然的に低くなり非常時に十分働かないという事も予想できます。
乾電池式ならば、年に1度 点灯テストし、電池がヘタッていれば電池だけ取り換えれば良いので装置の買い替えは不要です。取り付け位置も柱や壁の高い位置につける事ができます。また、ホルダから取り出せば、普通の懐中電灯としても使用できます。
NHKでは感震ブレーカーの話は何度も出てきましたが、感震ライト等の話は殆ど強調されませんでした。(市の無料配布のチラシなどでも同様です)
建物火災の数を減らしたいという行政視点での放送や施策なのだなという感じを強く受けました。被災者視点は弱いかも。
情報の鵜呑みはせずに、自分でイメージしてみるという事が重要ですね。
2019年12月1日日曜日
【本】バカまるだし 永六輔+矢崎泰久 講談社
永六輔と言っても今は若い人は知らないのだと思います。「上を向いて歩こう」の作詞家と言えばまだ通じるかもしれませんね。
永さん、矢崎さんでまるで居酒屋談義のような、ぶっちゃけ話のぶつけ合いみたいな対談?です。2005~2006年の本。
こんな見方をしているのか、とか 思わずそうそうと頷きながら読んでしまう所があったりしてとても面白く読みました。
その中でいくつか、そうだったのか と思ったところがあるので少し書き出してみます。
①国会ってこうなっているのかという点。
矢崎さんは中山千夏さんが参議院議員をしたときに秘書を務めていたそうです。その時の話で、
永:気になっていたことだけど、たとえば予算委員会なんかで、野党の議員が首相とか大臣に質問するじゃない。あの質問って、あらかじめ出しているの?
矢崎:出してる。
永:じゃあ、みんなどういう質問がくるか、知っているわけね。
矢崎:出来試合みたいなもんだね。質問する議員のところには、事前に官僚がレクに来る。三・四人の官僚が書類抱えてきてさ、いろいろ説明するわけ。おかしいのは、アイツら「この質問はこういう角度でやると、大臣は返答に困ります」なんて言うんだよ(笑)。
永:そこまでレクチャーするんだ。そのレクは、与党・野党関係ないの?
矢崎:関係ない。野党の議員にも与党にもやる。野党議員のところへ行って、攻め方をレクする。次に今度は、質問される大臣のところにも行く。で、「議員にこう聞かれるから、こうお答えになったらいかがでしょう」ってやるわけ。だから、書類の棒読みにもなる。
永:へーえ。貧乏芝居だね。
矢崎:ほんとだよね。しかも、質問する議員のところを立ち去るときに、必ず「お手柔らかに」なんて言いやがるんだよ(笑)。
永:要するに、官僚の手のひらに乗せられているわけね。
②ジャーナリスト?
矢崎:ぼくは一度だけ、すごく褒められたことがあるんですよ。
永:アハハハ、テレているわけじゃなかったのね。どうぞ続けて。
矢崎:あの田中角栄の秘書で早坂茂三っていたでしょう。彼に、日本のジャーナリストで、こいつだけはすごいと思ったヤツが一人いる、矢崎泰久だって。
永:それ、ほんと?
矢崎:死人に口なしだけど、ホントですって。ある日、早坂を通じて、田中角栄が会いたいと言ってきたんですよ。このオレに。田中角栄は嫌いだったけど、ジャーナリストですからね。お目にかかったほうがいいと思って会ったんですよ。会ってびっくりしたのは、田中角栄ってとても魅力のある男なんですよ。
永:ミイラとりが、、、、
矢崎:そう。だから、オレは危ないと思った。ここで親しくなったら、もう一回彼を復権させてやろうなんて思いかねない。その頃、田中角栄はロッキード事件で日本中から袋叩きにあっていたからね。
永:で、早々においとましたの?
矢崎:いやそれが、、。自分でもダメなヤツだと思ったんだけど、ご馳走になった。帰りに、お車代ってね(笑)。包まれたわけですよ。ズシッと重いのを。
永:アハハハ、受け取っちゃったの?
矢崎:文字通りお車代だったら、せいぜいが1万円とかタクシー券じゃないですか。でも、ズシッと重い。だから、ちょっと待ってくれと。見ていいかと訊いたら、どうぞと早坂さんが言うからね。見たらこれが、百万円くらい入っているんだ。オレ、早坂さんに言ったんだよ。「あなたね、百万円をタクシーで使ったら、もしかしたら九州とか北海道まで行っちゃうじゃないか。お車代というのは、こういうものじゃないだろう」と。
永:エライ! 断ったんだね。
矢崎:今から考えれば惜しいことしたと思うけどさ、きっぱり断ったんだよ。そしたら、早坂が雑誌の座談会かなんかでさ、そのことをしゃべったの。「矢崎はすごいヤツだ。他のジャーナリストはみんなもらった」って(笑)。
永:アハハハ。でも、お車代じゃなければ、もらった?
矢崎:もらわないですよ。たぶん、、。田中角栄のところから出てきたカネじゃなければ、もらったかもしれないけども(笑)。まぁ、似たような経験は、新聞記者時代にも何回かあるんですよ。たとえば、三越デパートの屋上から、突風でテントが落っこちて、その時に下を歩いていた人が落ちてきた鉄パイプに当たって死んだんですよ。
永:三越なら大事件だね。
矢崎:当時オレがいたのは、「内外タイムス」っている小さな新聞社だったんだけど、早版で大きく「三越デパートからテント降る 一人死亡」と出たんですよ。他の新聞はベタ記事で「屋上からテント降る」なんてかいてるだけ。本当は、テントが落ちたのが事件なんじゃなくて、それで人が死んだのが大事件なわけですよ。でも、最初にそう書いた「内外タイムス」も、二刷からは出ない。次の日に三越の広告あドーンと出ているわけ。ふだん「内外タイムス」なんてちっぽけな新聞には、三越の広告なんて入らないですよ(笑)。その取材に行ったとき、対応したのが、あの「なぜだ!」と言って社長を辞めさせられた岡田茂ですよ。当時は、広報部長だった。
永:あぁ、なるほど。
矢崎:彼は新聞記者みんなに、お車代を配ってた。ほとんどの記者がもらってましたね。もちろん、断った記者もいましたよ。だけど、もらっちゃうような記者が横行しているのが現実です。田中角栄が外国に行って帰ってくると、貴社にお土産を買ってくる。そういうものはいただくのが当たり前、と思っている新聞記者たちがいっぱいいるわけですよ。
③天皇陛下 バンザイの起源
矢崎:さすが永さん、良く知ってるね。ついでにもうひとつ聞きたいんだけど、マンザイって、もともと「萬歳」でしょ?
永:あれは吉本興業が昭和の初め頃に、「漫才」に変えたんですよ。漫談とか漫画の「漫」の字を当てて、「歳」も「才」と簡単な字になった。
矢崎:もとの「萬歳」は、あの両手をあげてやる「ばんざーい」と同じでしょ?
永:そうそう。昔は日本にはあんな習慣はなかったの。時代劇には出てこないでしょ。明治二十二年からあの言葉が出てくるんです。なぜか知ってる? 憲法発布の年ですよ。
矢崎:あぁ、そうか。じゃあ、韓国で「マンセー」と言っているのは?
永:あれも同じ。もともとは、向こうから来たものですからね。それを、明治政府が憲法発布のときに、何か祝い方はないかというので、「マンセー(萬歳)」を三唱するようになった。
矢崎:じゃあ「天皇陛下バンザイ」というのは、ずいぶん後の習慣になるわけね。
永:そうそう。時代劇だと「イヤサカ!」
それ以外にも、うんちくや本音トークが満載の本でした。今読んでも面白い。
永さん、矢崎さんでまるで居酒屋談義のような、ぶっちゃけ話のぶつけ合いみたいな対談?です。2005~2006年の本。
こんな見方をしているのか、とか 思わずそうそうと頷きながら読んでしまう所があったりしてとても面白く読みました。
その中でいくつか、そうだったのか と思ったところがあるので少し書き出してみます。
①国会ってこうなっているのかという点。
矢崎さんは中山千夏さんが参議院議員をしたときに秘書を務めていたそうです。その時の話で、
永:気になっていたことだけど、たとえば予算委員会なんかで、野党の議員が首相とか大臣に質問するじゃない。あの質問って、あらかじめ出しているの?
矢崎:出してる。
永:じゃあ、みんなどういう質問がくるか、知っているわけね。
矢崎:出来試合みたいなもんだね。質問する議員のところには、事前に官僚がレクに来る。三・四人の官僚が書類抱えてきてさ、いろいろ説明するわけ。おかしいのは、アイツら「この質問はこういう角度でやると、大臣は返答に困ります」なんて言うんだよ(笑)。
永:そこまでレクチャーするんだ。そのレクは、与党・野党関係ないの?
矢崎:関係ない。野党の議員にも与党にもやる。野党議員のところへ行って、攻め方をレクする。次に今度は、質問される大臣のところにも行く。で、「議員にこう聞かれるから、こうお答えになったらいかがでしょう」ってやるわけ。だから、書類の棒読みにもなる。
永:へーえ。貧乏芝居だね。
矢崎:ほんとだよね。しかも、質問する議員のところを立ち去るときに、必ず「お手柔らかに」なんて言いやがるんだよ(笑)。
永:要するに、官僚の手のひらに乗せられているわけね。
②ジャーナリスト?
矢崎:ぼくは一度だけ、すごく褒められたことがあるんですよ。
永:アハハハ、テレているわけじゃなかったのね。どうぞ続けて。
矢崎:あの田中角栄の秘書で早坂茂三っていたでしょう。彼に、日本のジャーナリストで、こいつだけはすごいと思ったヤツが一人いる、矢崎泰久だって。
永:それ、ほんと?
矢崎:死人に口なしだけど、ホントですって。ある日、早坂を通じて、田中角栄が会いたいと言ってきたんですよ。このオレに。田中角栄は嫌いだったけど、ジャーナリストですからね。お目にかかったほうがいいと思って会ったんですよ。会ってびっくりしたのは、田中角栄ってとても魅力のある男なんですよ。
永:ミイラとりが、、、、
矢崎:そう。だから、オレは危ないと思った。ここで親しくなったら、もう一回彼を復権させてやろうなんて思いかねない。その頃、田中角栄はロッキード事件で日本中から袋叩きにあっていたからね。
永:で、早々においとましたの?
矢崎:いやそれが、、。自分でもダメなヤツだと思ったんだけど、ご馳走になった。帰りに、お車代ってね(笑)。包まれたわけですよ。ズシッと重いのを。
永:アハハハ、受け取っちゃったの?
矢崎:文字通りお車代だったら、せいぜいが1万円とかタクシー券じゃないですか。でも、ズシッと重い。だから、ちょっと待ってくれと。見ていいかと訊いたら、どうぞと早坂さんが言うからね。見たらこれが、百万円くらい入っているんだ。オレ、早坂さんに言ったんだよ。「あなたね、百万円をタクシーで使ったら、もしかしたら九州とか北海道まで行っちゃうじゃないか。お車代というのは、こういうものじゃないだろう」と。
永:エライ! 断ったんだね。
矢崎:今から考えれば惜しいことしたと思うけどさ、きっぱり断ったんだよ。そしたら、早坂が雑誌の座談会かなんかでさ、そのことをしゃべったの。「矢崎はすごいヤツだ。他のジャーナリストはみんなもらった」って(笑)。
永:アハハハ。でも、お車代じゃなければ、もらった?
矢崎:もらわないですよ。たぶん、、。田中角栄のところから出てきたカネじゃなければ、もらったかもしれないけども(笑)。まぁ、似たような経験は、新聞記者時代にも何回かあるんですよ。たとえば、三越デパートの屋上から、突風でテントが落っこちて、その時に下を歩いていた人が落ちてきた鉄パイプに当たって死んだんですよ。
永:三越なら大事件だね。
矢崎:当時オレがいたのは、「内外タイムス」っている小さな新聞社だったんだけど、早版で大きく「三越デパートからテント降る 一人死亡」と出たんですよ。他の新聞はベタ記事で「屋上からテント降る」なんてかいてるだけ。本当は、テントが落ちたのが事件なんじゃなくて、それで人が死んだのが大事件なわけですよ。でも、最初にそう書いた「内外タイムス」も、二刷からは出ない。次の日に三越の広告あドーンと出ているわけ。ふだん「内外タイムス」なんてちっぽけな新聞には、三越の広告なんて入らないですよ(笑)。その取材に行ったとき、対応したのが、あの「なぜだ!」と言って社長を辞めさせられた岡田茂ですよ。当時は、広報部長だった。
永:あぁ、なるほど。
矢崎:彼は新聞記者みんなに、お車代を配ってた。ほとんどの記者がもらってましたね。もちろん、断った記者もいましたよ。だけど、もらっちゃうような記者が横行しているのが現実です。田中角栄が外国に行って帰ってくると、貴社にお土産を買ってくる。そういうものはいただくのが当たり前、と思っている新聞記者たちがいっぱいいるわけですよ。
③天皇陛下 バンザイの起源
矢崎:さすが永さん、良く知ってるね。ついでにもうひとつ聞きたいんだけど、マンザイって、もともと「萬歳」でしょ?
永:あれは吉本興業が昭和の初め頃に、「漫才」に変えたんですよ。漫談とか漫画の「漫」の字を当てて、「歳」も「才」と簡単な字になった。
矢崎:もとの「萬歳」は、あの両手をあげてやる「ばんざーい」と同じでしょ?
永:そうそう。昔は日本にはあんな習慣はなかったの。時代劇には出てこないでしょ。明治二十二年からあの言葉が出てくるんです。なぜか知ってる? 憲法発布の年ですよ。
矢崎:あぁ、そうか。じゃあ、韓国で「マンセー」と言っているのは?
永:あれも同じ。もともとは、向こうから来たものですからね。それを、明治政府が憲法発布のときに、何か祝い方はないかというので、「マンセー(萬歳)」を三唱するようになった。
矢崎:じゃあ「天皇陛下バンザイ」というのは、ずいぶん後の習慣になるわけね。
永:そうそう。時代劇だと「イヤサカ!」
それ以外にも、うんちくや本音トークが満載の本でした。今読んでも面白い。
2019年11月27日水曜日
【マスコミ】フランシスコ教皇のメッセージと各新聞の伝え方
フランシスコ教皇の日本訪問。特に、長崎、広島での核廃絶と政治に対するメッセージには、よくキッパリと言い切ってくれたと感動してしまいました。
いつもつい現実的には、、という言い訳とどっちつかずになりがちな自分の気持ちをスパッと切り、力強く後押ししてくれるという気がしました。
教皇のメッセージシーンはNHKテレビがリアルタイム中継で放映したので、無編集のスピーチを多くの人が聞いたと思います。
翌朝、それらが朝刊ではどう伝えられたのかを読売、朝日、毎日の3紙を買って読み比べてみました。各社の意図的な編集が入るはずなので。
1面ので見出し比較
読売:ローマ教皇 核廃絶訴え 「多国間主義の衰退」懸念
長崎・広島で演説
朝日:ローマ教皇 核廃絶訴え 長崎・広島で
「核の威嚇に頼り 平和提案できるか」「武器開発 テロ行為」
毎日:核保有「途方もないテロ」 ローマ教皇 長崎訪問
広島でも訴え
長崎のメッセージで、もっとも耳に残っている武器の開発、製造、販売等に係る事はテロ行為である というメッセージが、読売新聞だけカットされている事に驚きました。
読売新聞は記事本文の中にもテロという言葉は一切使っていません。
メッセージの具体的文章は、
読売:長崎演説の全文、広島演説の要旨
朝日:長崎、広島共に要旨
毎日:長崎、広島共に要旨 スピーチ全文と動画はデジタルプラスで
という事で、読売が全文を載せているというのは良いなと思ったのですが、その内容を読むと、又 唖然としてしまいました。
カトリック中央協議会が発表しているフランシスコ教皇のメッセージ文と読売新聞の”全文”というものを少し比較してみます。以下(カ):カトリック中央協議会の文、(よ):読売新聞の全文という文です。
(カ)
愛する兄弟姉妹の皆さん。
この場所は、わたしたち人間が過ちを犯しうる存在であるということを、悲しみと恐れとともに意識させてくれます。近年、浦上教会で見いだされた被爆十字架とマリア像は、被爆なさったかたとそのご家族が生身の身体に受けられた筆舌に尽くしがたい苦しみを、あらためて思い起こさせてくれます。
(よ)
親愛なる兄弟姉妹のみなさん
私たち人類が互いに対してどれほどの苦痛と恐怖を与えられるものなのか、この場所ほど意識させられるところはない。
長崎の教会(浦上天主堂)で被爆した十字架とマリア像は、被爆者とその家族が味わった筆舌に尽くしがたい恐怖を今一度、思い起こさせる。
(カ)
人の心にあるもっとも深い望みの一つは、平和と安定への望みです。核兵器や大量破壊兵器を所有することは、この望みに対する最良のこたえではありません。それどころか、この望みをたえず試みにさらすことになるのです。わたしたちの世界は、手に負えない分裂の中にあります。それは、恐怖と相互不信を土台とした偽りの確かさの上に平和と安全を築き、確かなものにしようという解決策です。人と人の関係をむしばみ、相互の対話を阻んでしまうものです。
(よ)
人間は、平和と安定を心の底から熱望している。核兵器や他の対象は買い兵器の保有は、この望みをかなえる回答にはならない。それどころか、この願いをいつまでも試練にさらす。
私たちの世界は、ひどい分断の中にある。それは、恐怖と相互不信に基づく偽りの安全を土台にして、平和と安定を守ろうとしているためだ。その結果、国民同士の関係が損なわれ、どんな対話も妨げられてしまっている。
(カ)
国際的な平和と安定は、相互破壊への不安や壊滅の脅威を土台とした、どんな企てとも相いれないものです。むしろ、現在と未来のすべての人類家族が共有する相互尊重と奉仕への協力と連帯という、世界的な倫理によってのみ実現可能となります。
(よ)
世界の平和と安定は、恐怖や相互破壊、相手を壊滅させる威嚇といったものに基礎を置くいかなる取り組みとも相いれない。平和と安定は、団結と協力に支えられた世界的な道徳観からしか生まれない。今日および未来の全人類が相互に尊重し合い、共通の責任を果たしていける未来を築くために団結と協力が欠かせない。
(カ)
ここは、核兵器が人道的にも環境にも悲劇的な結末をもたらすことの証人である町です。そして、軍備拡張競争に反対する声は、小さくともつねに上がっています。軍備拡張競争は、貴重な資源の無駄遣いです。本来それは、人々の全人的発展と自然環境の保全に使われるべきものです。今日の世界では、何百万という子どもや家族が、人間以下の生活を強いられています。しかし、武器の製造、改良、維持、商いに財が費やされ、築かれ、日ごと武器は、いっそう破壊的になっています。これらは神に歯向かうテロ行為です。
(よ)
この都市は、核爆弾による1回の攻撃が、人類と環境にどれほど破滅的な結果をもたらすか示す証人だ。
軍拡競争への反対を私たちがどんなに叫んでも十分ではない。無駄遣いされている貴重な資源は本来、人類の発展や自然環境の保護に使うはずのものだ。今日、世界には、人間らしい暮らしが送れない何百万もの子供や家族がいる。それなのに、破壊力が一段と増している武器の製造や近代化、保守や販売に巨万のカネを費やすのは、天罰に値する違反行為にほかならない。
(カ)
核兵器から解放された平和な世界。それは、あらゆる場所で、数え切れないほどの人が熱望していることです。この理想を実現するには、すべての人の参加が必要です。個々人、宗教団体、市民社会、核兵器保有国も非保有国も、軍隊も民間も、国際機関もそうです。核兵器の脅威に対しては、一致団結して具体性をもって応じなくてはなりません。それは、現今の世界を覆う不信の流れを打ち壊す、困難ながらも堅固な構造を土台とした、相互の信頼に基づくものです。1963年に聖ヨハネ23世教皇は、回勅『地上の平和(パーチェム・イン・テリス)』で核兵器の禁止を世界に訴えていますが(112番[邦訳60番]参照)、そこではこう断言してもいます。「軍備の均衡が平和の条件であるという理解を、真の平和は相互の信頼の上にしか構築できないという原則に置き換える必要があります」(113番[邦訳61番])。
(よ)
核兵器のない平和な世界をあらゆる場所で、何百万の男女が熱望している。この理想実現には、全員の参加が必要だ。個人個人に加え、宗教コミュニティーや市民社会、核兵器の保有国も非保有国も、軍事部門も民間部門も、国際機関もーー。私たちは核兵器の脅威に対し、一致結束して向き合わなければならない。この世界を支配する相互不信を断ち切り、信頼を築く不断の努力を、困難であっても続けなければならない。
1963年、ローマ教皇ヨハネ23世は、回勅「地上の平和」で核兵器の禁止を訴え、「真の永続的な平和は、軍事力の均衡によってではなく、相互の信頼の上にしか構築できない」と述べた。
まだこれで半分ぐらいですが、疲れるのでここで止めます。読売新聞のこの”全文”と呼んだ文章は、ポイントをいろいろと変えて表現することで意図編集をしているようですね。
広島での要旨というものも、それに相当する教皇のメッセージと少し対比してみます。
(よ)
確信を持って、改めて申し上げたい。今日、戦争のために原子力を使用することは、犯罪以外の何ものでもない。人類とその尊厳に反するだけでなく、私たちの共通の家の未来を台無しにする。原子力の戦争目的の使用も核兵器の保有も同様に道徳に反する。
思い出し、ともに歩み、守ることーーこの三つは、倫理的な命令だ。これらは、まさに
ここ広島において、一層強く、より普遍的な意味を持ち、平和への道を切り開く力がある。
現在と将来の世代が、ここで起きた出来事を忘れることがあってはならない。何世代にもわたって「二度と繰り返してはならない」と言い続ける。
(カ)対応する部分のスピーチ全文
確信をもって、あらためて申し上げます。戦争のために原子力を使用することは、現代において、犯罪以外の何ものでもありません。人類とその尊厳に反するだけでなく、わたしたちの共通の家の未来におけるあらゆる可能性に反します。原子力の戦争目的の使用は、倫理に反します。核兵器の保有は、それ自体が倫理に反しています。それは、わたしがすでに2年前に述べたとおりです。これについて、わたしたちは裁きを受けることになります。次の世代の人々が、わたしたちの失態を裁く裁判官として立ち上がるでしょう。平和について話すだけで、国と国の間で何の行動も起こさなかったと。戦争のための最新鋭で強力な兵器を製造しながら、平和について話すことなどどうしてできるでしょうか。差別と憎悪のスピーチで、あのだれもが知る偽りの行為を正当化しておきながら、どうして平和について話せるでしょうか。
平和は、それが真理を基盤とし、正義に従って実現し、愛によって息づき完成され、自由において形成されないのであれば、単なる「発せられることば」に過ぎなくなると確信しています。(聖ヨハネ23世回勅『パーチェム・イン・テリス――地上の平和』37〔邦訳20〕参照)。
真理と正義をもって平和を築くとは、「人間の間には、知識、徳、才能、物質的資力などの差がしばしば著しく存在する」(同上87〔同49〕)のを認めることです。ですから、自分だけの利益を求めるため、他者に何かを強いることが正当化されてよいはずはありません。その逆に、差の存在を認めることは、いっそうの責任と敬意の源となるのです。同じく政治共同体は、文化や経済成長といった面ではそれぞれ正当に差を有していても、「相互の進歩に対して」(同88〔同49〕)、すべての人の善益のために働く責務へと招かれています。
実際、より正義にかなう安全な社会を築きたいと真に望むならば、武器を手放さなければなりません。「武器を手にしたまま、愛することはできません」(聖パウロ6世「国連でのスピーチ(1965年10月4日)」10)。武力の論理に屈して対話から遠ざかってしまえば、いっそうの犠牲者と廃墟を生み出すことが分かっていながら、武力が悪夢をもたらすことを忘れてしまうのです。武力は「膨大な出費を要し、連帯を推し進める企画や有益な作業計画が滞り、民の心理を台なしにします」(同)。紛争の正当な解決策として、核戦争の脅威による威嚇をちらつかせながら、どうして平和を提案できるでしょうか。この底知れぬ苦しみが、決して越えてはならない一線を自覚させてくれますように。真の平和とは、非武装の平和以外にありえません。それに、「平和は単に戦争がないことでもな〔く〕、……たえず建設されるべきもの」(第二バチカン公会議『現代世界憲章』78)です。それは正義の結果であり、発展の結果、連帯の結果であり、わたしたちの共通の家の世話の結果、共通善を促進した結果生まれるものなのです。わたしたちは歴史から学ばなければなりません。
思い出し、ともに歩み、守ること。この三つは、倫理的命令です。これらは、まさにここ広島において、よりいっそう強く、より普遍的な意味をもちます。この三つには、平和となる道を切り開く力があります。したがって、現在と将来の世代が、ここで起きた出来事を忘れるようなことがあってはなりません。記憶は、より正義にかない、いっそう兄弟愛にあふれる将来を築くための、保証であり起爆剤なのです。すべての人の良心を目覚めさせられる、広がる力のある記憶です。わけても国々の運命に対し、今、特別な役割を負っているかたがたの良心に訴えるはずです。これからの世代に向かって、言い続ける助けとなる記憶です。二度と繰り返しません、と。
いつもつい現実的には、、という言い訳とどっちつかずになりがちな自分の気持ちをスパッと切り、力強く後押ししてくれるという気がしました。
教皇のメッセージシーンはNHKテレビがリアルタイム中継で放映したので、無編集のスピーチを多くの人が聞いたと思います。
翌朝、それらが朝刊ではどう伝えられたのかを読売、朝日、毎日の3紙を買って読み比べてみました。各社の意図的な編集が入るはずなので。
1面ので見出し比較
読売:ローマ教皇 核廃絶訴え 「多国間主義の衰退」懸念
長崎・広島で演説
朝日:ローマ教皇 核廃絶訴え 長崎・広島で
「核の威嚇に頼り 平和提案できるか」「武器開発 テロ行為」
毎日:核保有「途方もないテロ」 ローマ教皇 長崎訪問
広島でも訴え
長崎のメッセージで、もっとも耳に残っている武器の開発、製造、販売等に係る事はテロ行為である というメッセージが、読売新聞だけカットされている事に驚きました。
読売新聞は記事本文の中にもテロという言葉は一切使っていません。
メッセージの具体的文章は、
読売:長崎演説の全文、広島演説の要旨
朝日:長崎、広島共に要旨
毎日:長崎、広島共に要旨 スピーチ全文と動画はデジタルプラスで
という事で、読売が全文を載せているというのは良いなと思ったのですが、その内容を読むと、又 唖然としてしまいました。
カトリック中央協議会が発表しているフランシスコ教皇のメッセージ文と読売新聞の”全文”というものを少し比較してみます。以下(カ):カトリック中央協議会の文、(よ):読売新聞の全文という文です。
(カ)
愛する兄弟姉妹の皆さん。
この場所は、わたしたち人間が過ちを犯しうる存在であるということを、悲しみと恐れとともに意識させてくれます。近年、浦上教会で見いだされた被爆十字架とマリア像は、被爆なさったかたとそのご家族が生身の身体に受けられた筆舌に尽くしがたい苦しみを、あらためて思い起こさせてくれます。
(よ)
親愛なる兄弟姉妹のみなさん
私たち人類が互いに対してどれほどの苦痛と恐怖を与えられるものなのか、この場所ほど意識させられるところはない。
長崎の教会(浦上天主堂)で被爆した十字架とマリア像は、被爆者とその家族が味わった筆舌に尽くしがたい恐怖を今一度、思い起こさせる。
(カ)
人の心にあるもっとも深い望みの一つは、平和と安定への望みです。核兵器や大量破壊兵器を所有することは、この望みに対する最良のこたえではありません。それどころか、この望みをたえず試みにさらすことになるのです。わたしたちの世界は、手に負えない分裂の中にあります。それは、恐怖と相互不信を土台とした偽りの確かさの上に平和と安全を築き、確かなものにしようという解決策です。人と人の関係をむしばみ、相互の対話を阻んでしまうものです。
(よ)
人間は、平和と安定を心の底から熱望している。核兵器や他の対象は買い兵器の保有は、この望みをかなえる回答にはならない。それどころか、この願いをいつまでも試練にさらす。
私たちの世界は、ひどい分断の中にある。それは、恐怖と相互不信に基づく偽りの安全を土台にして、平和と安定を守ろうとしているためだ。その結果、国民同士の関係が損なわれ、どんな対話も妨げられてしまっている。
(カ)
国際的な平和と安定は、相互破壊への不安や壊滅の脅威を土台とした、どんな企てとも相いれないものです。むしろ、現在と未来のすべての人類家族が共有する相互尊重と奉仕への協力と連帯という、世界的な倫理によってのみ実現可能となります。
(よ)
世界の平和と安定は、恐怖や相互破壊、相手を壊滅させる威嚇といったものに基礎を置くいかなる取り組みとも相いれない。平和と安定は、団結と協力に支えられた世界的な道徳観からしか生まれない。今日および未来の全人類が相互に尊重し合い、共通の責任を果たしていける未来を築くために団結と協力が欠かせない。
(カ)
ここは、核兵器が人道的にも環境にも悲劇的な結末をもたらすことの証人である町です。そして、軍備拡張競争に反対する声は、小さくともつねに上がっています。軍備拡張競争は、貴重な資源の無駄遣いです。本来それは、人々の全人的発展と自然環境の保全に使われるべきものです。今日の世界では、何百万という子どもや家族が、人間以下の生活を強いられています。しかし、武器の製造、改良、維持、商いに財が費やされ、築かれ、日ごと武器は、いっそう破壊的になっています。これらは神に歯向かうテロ行為です。
(よ)
この都市は、核爆弾による1回の攻撃が、人類と環境にどれほど破滅的な結果をもたらすか示す証人だ。
軍拡競争への反対を私たちがどんなに叫んでも十分ではない。無駄遣いされている貴重な資源は本来、人類の発展や自然環境の保護に使うはずのものだ。今日、世界には、人間らしい暮らしが送れない何百万もの子供や家族がいる。それなのに、破壊力が一段と増している武器の製造や近代化、保守や販売に巨万のカネを費やすのは、天罰に値する違反行為にほかならない。
(カ)
核兵器から解放された平和な世界。それは、あらゆる場所で、数え切れないほどの人が熱望していることです。この理想を実現するには、すべての人の参加が必要です。個々人、宗教団体、市民社会、核兵器保有国も非保有国も、軍隊も民間も、国際機関もそうです。核兵器の脅威に対しては、一致団結して具体性をもって応じなくてはなりません。それは、現今の世界を覆う不信の流れを打ち壊す、困難ながらも堅固な構造を土台とした、相互の信頼に基づくものです。1963年に聖ヨハネ23世教皇は、回勅『地上の平和(パーチェム・イン・テリス)』で核兵器の禁止を世界に訴えていますが(112番[邦訳60番]参照)、そこではこう断言してもいます。「軍備の均衡が平和の条件であるという理解を、真の平和は相互の信頼の上にしか構築できないという原則に置き換える必要があります」(113番[邦訳61番])。
(よ)
核兵器のない平和な世界をあらゆる場所で、何百万の男女が熱望している。この理想実現には、全員の参加が必要だ。個人個人に加え、宗教コミュニティーや市民社会、核兵器の保有国も非保有国も、軍事部門も民間部門も、国際機関もーー。私たちは核兵器の脅威に対し、一致結束して向き合わなければならない。この世界を支配する相互不信を断ち切り、信頼を築く不断の努力を、困難であっても続けなければならない。
1963年、ローマ教皇ヨハネ23世は、回勅「地上の平和」で核兵器の禁止を訴え、「真の永続的な平和は、軍事力の均衡によってではなく、相互の信頼の上にしか構築できない」と述べた。
まだこれで半分ぐらいですが、疲れるのでここで止めます。読売新聞のこの”全文”と呼んだ文章は、ポイントをいろいろと変えて表現することで意図編集をしているようですね。
広島での要旨というものも、それに相当する教皇のメッセージと少し対比してみます。
(よ)
確信を持って、改めて申し上げたい。今日、戦争のために原子力を使用することは、犯罪以外の何ものでもない。人類とその尊厳に反するだけでなく、私たちの共通の家の未来を台無しにする。原子力の戦争目的の使用も核兵器の保有も同様に道徳に反する。
思い出し、ともに歩み、守ることーーこの三つは、倫理的な命令だ。これらは、まさに
ここ広島において、一層強く、より普遍的な意味を持ち、平和への道を切り開く力がある。
現在と将来の世代が、ここで起きた出来事を忘れることがあってはならない。何世代にもわたって「二度と繰り返してはならない」と言い続ける。
(カ)対応する部分のスピーチ全文
確信をもって、あらためて申し上げます。戦争のために原子力を使用することは、現代において、犯罪以外の何ものでもありません。人類とその尊厳に反するだけでなく、わたしたちの共通の家の未来におけるあらゆる可能性に反します。原子力の戦争目的の使用は、倫理に反します。核兵器の保有は、それ自体が倫理に反しています。それは、わたしがすでに2年前に述べたとおりです。これについて、わたしたちは裁きを受けることになります。次の世代の人々が、わたしたちの失態を裁く裁判官として立ち上がるでしょう。平和について話すだけで、国と国の間で何の行動も起こさなかったと。戦争のための最新鋭で強力な兵器を製造しながら、平和について話すことなどどうしてできるでしょうか。差別と憎悪のスピーチで、あのだれもが知る偽りの行為を正当化しておきながら、どうして平和について話せるでしょうか。
平和は、それが真理を基盤とし、正義に従って実現し、愛によって息づき完成され、自由において形成されないのであれば、単なる「発せられることば」に過ぎなくなると確信しています。(聖ヨハネ23世回勅『パーチェム・イン・テリス――地上の平和』37〔邦訳20〕参照)。
真理と正義をもって平和を築くとは、「人間の間には、知識、徳、才能、物質的資力などの差がしばしば著しく存在する」(同上87〔同49〕)のを認めることです。ですから、自分だけの利益を求めるため、他者に何かを強いることが正当化されてよいはずはありません。その逆に、差の存在を認めることは、いっそうの責任と敬意の源となるのです。同じく政治共同体は、文化や経済成長といった面ではそれぞれ正当に差を有していても、「相互の進歩に対して」(同88〔同49〕)、すべての人の善益のために働く責務へと招かれています。
実際、より正義にかなう安全な社会を築きたいと真に望むならば、武器を手放さなければなりません。「武器を手にしたまま、愛することはできません」(聖パウロ6世「国連でのスピーチ(1965年10月4日)」10)。武力の論理に屈して対話から遠ざかってしまえば、いっそうの犠牲者と廃墟を生み出すことが分かっていながら、武力が悪夢をもたらすことを忘れてしまうのです。武力は「膨大な出費を要し、連帯を推し進める企画や有益な作業計画が滞り、民の心理を台なしにします」(同)。紛争の正当な解決策として、核戦争の脅威による威嚇をちらつかせながら、どうして平和を提案できるでしょうか。この底知れぬ苦しみが、決して越えてはならない一線を自覚させてくれますように。真の平和とは、非武装の平和以外にありえません。それに、「平和は単に戦争がないことでもな〔く〕、……たえず建設されるべきもの」(第二バチカン公会議『現代世界憲章』78)です。それは正義の結果であり、発展の結果、連帯の結果であり、わたしたちの共通の家の世話の結果、共通善を促進した結果生まれるものなのです。わたしたちは歴史から学ばなければなりません。
思い出し、ともに歩み、守ること。この三つは、倫理的命令です。これらは、まさにここ広島において、よりいっそう強く、より普遍的な意味をもちます。この三つには、平和となる道を切り開く力があります。したがって、現在と将来の世代が、ここで起きた出来事を忘れるようなことがあってはなりません。記憶は、より正義にかない、いっそう兄弟愛にあふれる将来を築くための、保証であり起爆剤なのです。すべての人の良心を目覚めさせられる、広がる力のある記憶です。わけても国々の運命に対し、今、特別な役割を負っているかたがたの良心に訴えるはずです。これからの世代に向かって、言い続ける助けとなる記憶です。二度と繰り返しません、と。
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