その時間に映画を見に行きました。
「海難 1890」という日本とトルコの合作
映画です。
明治時代にトルコから日本に表敬訪問に
きたトルコ軍艦エルトゥールル号が和歌山
沖で遭難し、串本町の島の人々が手厚く
救助と介護、そして日本がトルコまで
乗組員を送り届けました。
それの事をトルコでは教科書にも載せ
ずっと全国民に教え、伝えられている
とのこと。
遭難から95年後の1985年。イランとイラク
が戦争になり、どんどんミサイルが街に飛
んでくる状態になりました。イラクのフセ
インが2-3日の猶予だけで、それ以降イラ
ン上空を飛ぶ全ての飛行機を無差別攻撃す
ると宣言し、イランにいた外国人は大急ぎ
で逃げ出そうとしました。
当時、日本からイランには直行便はなく、
テヘランに居た数百人の日本人は逃げ出す
事ができなくない、万事休すの状態になっ
てしまいました。日航も自衛隊も飛行機
を出せません。その時にトルコが日本人
の為の救援機をトルコから飛ばしてくれ
たのです。しかも、トルコ人もまだテヘ
ランに沢山いたにも関わらず、日本人を
優先的に乗せて逃がしてくれました。
これは、トルコ国民の中で、日本人が困
った時には、エルトゥールル号の恩返し
をすべきという常識が出来ていた為との
事。日本人は殆ど知らない(覚えていな
い)昔の事を無私の気持ちで返してくれ
るというのは、本当に奇跡と言ってよい
のではと思います。
この実話を映画化した物。
大晦日の夜というタイミングだったの
で数百人入る館に10人程の人しか居ませ
んでしたが、私も含めて何人もの人が
感動で泣いている様子でした。
この映画を見てから、この「海の翼」を
読みました。映画では出ていなかった、
幾つかの重要事項がこれを読んで分かりました。
エルトゥールルの乗組員を日本国がトルコ
まで送り届けた事。当時のトルコはロシア
の強い圧力に曝されており、日本と同じ
境遇だった事。(それが、日本に親善渡航
してきた理由の一つでもある)
そして、このトルコに送り届けた日本人
メンバーが何人かイスタンブールに残り、
その後始まった日露戦争で、重要なロシアの
動向をトルコ国民の協力を得ながら収集し
日本に通報した事によって、バルチック
艦隊を破る事が出来た事。ロシアを破った
という事は、トルコの国民にとっても大変
に嬉しい出来事で、エルトゥールル号の事
と憎いロシアを日露戦争で破ったこの2つ
の事で日本に対して非常な親近感を持って
くれていたとのこと。
テヘラン危機の時に、なぜ日本は飛行機を
出さなかったのか、トルコ首相へどうやっ
て救援機をお願いし、どうやって決断をも
らったのか。
等。ネットで更に記事を探していくと、
当時の政府の対応のチグハグさもあった
ようです。
実は、本日ヒット中の「オデッセイ」という
火星に取り残された宇宙飛行士のサバイバル
映画も見てきました。お客は沢山入っていて
興行的には良いのでしょうが、非常に無理の
ある設定下で色々サスペンスを味あわせると
いう感じ。他の新作映画も殆どが架空の設定
下で感動を無理やり創造しようとしている物
が多いと思います。
それに比べて、この話は事実は小説を遥かに
超えて、人間はこういう奇跡を起こせるのだ
という事を伝えてくれます。
こういう話は、日本も教科書で教えて伝えて
行くようにすれば、武力に頼らない外交とは
どういう事なのかが浸透していくのではない
でしょうか。
一見の価値のある映画と、一冊です。
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